Restaurant溪をスタートしてから、長野県には魅力ある“つくり手”がたくさんいることを再発見しています。陶芸家・坪内真弓さんもその一人。私たちレストランのためにつくってくださったお皿は、まるで木の年輪を思わせる美しさが感じられます。一方で作家としての表現活動では立体造形作品を制作、エネルギーに満ちた作品の数々に、あなたもきっと魅せられるはずです。
-木の年輪を思わせる、風合いの良いお皿
Restarurant溪で提供しているメイン食材のひとつ、鹿肉の料理には、陶芸家の坪内真弓さんの器を用いています。レストラン担当者が坪内さんの作品を知ったのは、SNSでした。そこで偶然見かけた作品に心を奪われ、すぐにコンタクトを取りました。
「初めて担当者の方と打ち合わせをしたとき、食材はもちろん建物や設営にいたるまで信州産にこだわるというコンセプトを教えてもらいました。私の過去作品にイメージに近いものがあるというお話を聞いて、試作を進めていきました」
約1年かけた制作期間ではサイズを1cm単位で微調整を行いながら試作を重ねました。底面をフラットにするという要望も平皿のサイズが大きかったこともあり、乾燥段階で歪みやヒビが生じてしまうこともあって苦戦したと言います。
特徴がある年輪を思わせるざらりとしたラインは、坪内さんが独自に作ったハケで表面をなぞるようにして表情を出しました。これによって土の質感や重量感も感じられるような、独特の存在感が立ち現れています。
-会社員時代に通った陶芸教室が、作家になる原点
昔からものづくりが好きだったという坪内さん。実家が建築業をしていたことから建築系を学べる高校に進学しましたが、想像したものではなかったといいます。
「建築は創造的な仕事だとイメージしていましたが、実際は数学のスキルが必要でした。それがストレスになってしまって、就職活動では他分野に行こうと長野市にある建築系の出版社に就職しました」
その会社ではデザイナー、ライター、営業、校正といった出版制作に必要な一連の業務を担当。当時は好景気で、仕事は忙しいながらも充実した日々を過ごしていました。
そんな中で趣味を大切にしようと始めたのが、陶芸教室でした。しばらくして結婚を機に長野市から上田市に引っ越すことになります。結婚後も教室を続けたいとオーナーに相談すると、「自分で陶芸教室を作ってみたら?」という思いがけないアドバイスを受けたのです。
「陶芸家は専門の学校で学ぶか、師匠のもとで修業して独立している人がほとんどです。一方で私は陶芸教室に通っていただけで、当時は経歴もなく、素人のようなものでした。それでも、学びながらやっていけばいいというアドバイスが後押しとなって陶芸の道に進もうと決意したんです」
-自分の手を離れて、最後は火にゆだねる。それが陶芸の魅力
こうして1999年、25歳のときに「葵窯」を築窯して工房をスタート。場所は“信州の鎌倉”と称される上田市塩田平にあります。周辺には歴史ある神社仏閣や信州最古といわれる別所温泉などの観光スポットが点在する、魅力あふれるエリアです。
坪内さんが最初に取り組んだのは、実績を作ること。そこで公募展に出品するための立体造形作品を作り始めました。子育て中で時間的に制限があるなか、子どもを背負いながら創作。その奮闘は実を結んで2008年に長野県美術展知事賞、そして10年目の2009年には日展に入選するまでになりました。
その勢いは公募展にとどまらず、2017年信濃美術館(現 長野県立美術館)クロージングネオビジョンに選出。2018年には淺間縄文ミュージアムで開かれた「ヒトはなぜモノを創るのか」「BIOMASS」、2019年には金沢21世紀美術館で開かれた「金沢・世界工芸トリエンナーレ」に出品し《盾と矛(たてとほこ)》で入選するなど陶芸家としての地位を築いていきます。
「立体造形作品では常に自分が美しいと思うものを見たくて作っている」と語る坪内さん。細胞分裂をくり返して生まれた生命体のような、エネルギーを具現化したような力強さに圧倒され、これが土からつくられているのかと驚きを感じます。そして10年目の日展に入選したことで、収入を得ることにも力を入れていくように。
新型コロナ以降、制作し人気を集めているのが、取っ手部分にウサギやシロクマのシルエットと愛らしい花などのモチーフを描いたコーヒーカップや平皿です。移動の自粛によってECショップで商品を購入する人が増えたことに注目した坪内さんは、どのような作品なら売れるだろうかとリサーチ。パッと見ただけで印象に残るかわいらしい作品はギャラリーやクラフトフェアなどでも販売されています。
「表現活動とクラフトでは異なる作風なので、幅が広いと言われることもあります。どちらも私自身が前向きな気持ちを持てるものだけを制作しています」
最後に陶芸の魅力について尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「たとえばデザインや絵なら自分で完結することができますが、陶芸は窯入れしたあとは火にゆだねるんです。自分の手から離れたところで完結するところが面白いんです」
終始、軽快な語り口でワクワクさせてくれた坪内さん。源泉のように湧き上がる陶芸への情熱が、これからも作品を通して私たちを楽しませてくれることでしょう。
坪内真弓
長野件上田市保野177-11
https://mayumi-tsubouchi-works.jimdofree.com