鹿教湯温泉 斎藤ホテルに隣接する「Restaurant溪」。鳥居を思わせるアプローチを歩いた先に、2階建てのレストランが正面に現れます。周囲の自然と調和するような、モスグリーンを基調とした建物を設計したのは、東京都新宿区にある「佐々山建築設計」です。
どのようなテーマやこだわりを持っているのか、代表で一級建築士の佐々山茂さんに伺いました。
–隠れ家的な鹿教湯温泉。わざわざ訪れる価値が“景観”にあった
「Restaurant溪」の建物は、レストランを運営する斎藤ホテルの前身、斎藤旅館の跡地に建っています。ホテルができてからはさまざまな木が植栽されていましたが、「Restaurant溪」の建物を設計した佐々山建築設計の代表・佐々山茂さんはこの場所にいち早く注目しました。
「鹿教湯温泉を象徴する文殊堂や五台橋が真正面に見え、眼下には内村川が流れる見事な景観でした。この地にしかない良い景観があれば、良い商売が成り立つ。私たちは景観が資本財になり得るという考え方のもと、レストランの建物を通して景観の価値を顕在化したいと考えました」
一方でレストランで提供する料理コンセプトは「フレンチ×食文化が生み出す新たな信州料理」とし、千曲川の清流で育った佐久鯉、信州の豊かな山で育った鹿肉といった長野県に根づいてきた食文化を料理に込めて信州を体感することができます。その思いを引き継いで、建物の建材なども長野県産材で揃えました。メインとなる柱にはカラマツの集成材を、ほかにもヒノキやスギ、サワラ、アオダモの木材が使われています。
–“景観と歴史”を感じる1階ラウンジ
「Restaurant溪」の演出は、入店する前から始まります。もとの地形を活かした少し長めアプローチの階段を下っていくうちに、「レストランへの期待や高揚感に集中できるようにしました」と佐々山さん。
途中、階段のあちらこちらに何かの跡を発見! 尋ねてみると、施行したアスファルトが固まる前に鹿が歩いてしまった足跡なんだとか。鹿教湯温泉の名のとおり鹿が生息している気配を、足跡で演出しています。嘘か誠か—、訪れた際にぜひチェックを。
入店すると、1階は“景観と歴史”をテーマにしたラウンジがあり、斎藤旅館だった時代に使われていた道具が飾られています。 「ここからの景色も素晴らしいので、テラスを設けました」と佐々山さん。
待ち合わせの間にテラスに出て鹿教湯の自然を体感したり、歴史をふり返りながら雑談を楽しむ。料理を終えたあとも余韻に浸ることができるようにと、フリードリンクコーナーも設けました。
-2階では、一幅の絵のような四季折々の自然を楽しんで
落ち着いたトーンの1階とは対照的に、2階は長野県産の木材をふんだんに用いた温もりのある開放的な空間と、調和するように塩田家具にオーダーした無垢材のテーブルと椅子が並びます。
「レストラン自体が高台にあるので、2階に上がるとより高さが感じられるのがポイントです。一般的には水平に景色を眺めることが多いのですが、ここでは視線を60度ほど下方向に向けることができる。上下、左右と視界の領域が広いことが最大の特徴です」
こうして窓側はテーブルごとに大きなはめ殺しの窓をつけて、額縁に入った絵のような景観を切り取って眺められるようにするなど、景観をどう魅せるかを基準にして設計されました。
ほかにも斎藤ホテルが所有する地域の山で、代表の斎藤宗治が自ら切り出したアオダモなどの木材を用いたオリジナルの照明が空間にアクセントを添え、ドアには古くからある技術・なぐり加工を施し、取っ手にはロートアイアンの押し棒をつけるなど、随所に職人の技術や素材感が活かされているのも見どころです。
「私も料理をいただきましたが、フルコースを食べ終えるまでに3時間近くかかりました。でも感覚としては、あっという間だったんです。料理と空間、そしてホスピタリティマインドを大切にした接客とトータルで満足しました」と佐々山さん。
さまざまな信州の魅力をハブのようにつなぎ、調和させた佐々山建築設計の建物にも、ぜひ注目ください。
株式会社 佐々山建築設計
住所 東京都新宿区高田馬場1-21-6
電話 03-6380-2605
HP http://www.s-arch.co.jp